大阪高等裁判所 平成7年(ネ)617号 判決 1995年9月22日
控訴人
岸正美
右訴訟代理人弁護士
西田正秀
同
中村悟
同
本多久美子
同
馬場勝也
被控訴人
乙木増太郎
被控訴人
東川弘
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 控訴人と被控訴人乙木増太郎との間において、控訴人が同被控訴人に賃貸している原判決別紙物件目録(一)(1)(2)記載の土地の賃料は、平成五年分が年額金一一万九一一九円、平成六年分が年額金一二万五〇七四円であることを確認する。
2 控訴人と被控訴人東川弘との間において、控訴人が同被控訴人に賃貸している原判決別紙物件目録(二)記載の土地の賃料は、平成五年分が年額金一〇万〇二四〇円、平成六年分が年額金一二万五二四一円であることを確認する。
3 控訴人の被控訴人らに対するその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 控訴人と被控訴人乙木増太郎との間において、控訴人が同被控訴人に賃貸している原判決別紙物件目録(一)(1)(2)記載の土地の賃料は、平成五年分が年額金一一万九一一九円、平成六年分が年額金一五万円であることを確認する。
3 控訴人と被控訴人東川弘との間において、控訴人が同被控訴人に賃貸している原判決別紙物件目録(二)記載の土地の賃料は、平成五年分が年額金一〇万〇二四〇円、平成六年分が年額金一五万円であることを確認する。
4 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人ら
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 事案の概要
本件事案の概要は、原判決事実及び理由第二 事案の概要(原判決一枚目裏末行から同四枚目表九行目まで)のとおりであるから、これを引用する。
すなわち、本件は、生産緑地法の一部改正及び固定資産税等の税制改正に伴ない、控訴人が本件各土地について税額軽減のために生産緑地地区の指定を受けることを企図したところ、同意書の作成提出につき被控訴人らの協力が得られなかったため、結局、その指定を受けられず、平成四年度以降、本件各土地について宅地並み課税となったものであり、こうしたことから、控訴人が被控訴人らに対し、右宅地並み課税による固定資産税等が現在の小作料を大きく上回ること(いわゆる逆ざや現象)を理由として、賃料の増額請求をした事案である。
第三 証拠
証拠の関係は、原審記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、これを引用する。
第四 当裁判所の判断
一 当裁判所の事実関係についての認定は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実及び理由第三 争点に対する判断の一(原判決四枚目表一一行目から同九枚目表二行目まで)と同一であるから、これを引用する。
1 原判決四枚目表末行の「四号証の1、2、」の次に「五号証の1、」を、同行の「四号証の各1、2、」の次に「六号証の2、」をそれぞれ加える。
2 原判決六枚目表一二行目の「説明会等を通じて、」の次に「生産緑地地区に指定されなければ平成四年度から宅地並み課税となり、生産緑地地区に指定された場合にのみ農地課税となることや」を加える。
3 原判決六枚目裏四行目の「指定のための同意書の用紙を渡された。」を「指定のため、控訴人から『同意書が必要やねん。』と言われて、同意書の用紙を渡された。また、帰り際には、『税金があがったら小作料もあげる。』と言われた。」と改める。
4 原判決八枚目裏一行目の次に、行を改めて次のとおり加える。
「なお、本件各土地の平成四年度の固定資産税等の額は、平成五年度と同額であるが、本件各土地につき生産緑地地区の指定がなされた場合の平成四年度の農地としての固定資産税等の額は、本件土地(一)が合計二万〇一〇〇円で、宅地並みの税額との差額が九万九〇一九円であり、本件土地(二)が合計一万六六六一円で、宅地並みの税額との差額が八万三五七九円である。」
5 原判決八枚目裏三行目及び一〇行目の各「提出しなかったもの」をいずれも「提出しなかったため」と、同一一行目の「一一万九一一九円」を「一〇万〇二四〇円」とそれぞれ改める。
二 右の事実関係のもとで、控訴人の各増額請求の当否と効力を検討する。
1 小作料の額が農産物の価格若しくは生産費の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により又は近傍類似の農地の小作料の額に比較して不相当になったとき、当事者は、小作料の額の増減を請求することができる(農地法二三条一項)。
ところで、農業委員会は、その区域内の農地につき、その自然的条件及び利用上の条件を勘案して必要な区分をし、その区分ごとに小作料の標準額を定めることができる(同法二四条の二第一項)。その小作料の標準額を定めるに当たっては、右区分ごとにその区分に属する農地につき通常の農業経営が行なわれたとした場合における生産量、生産物の価格、生産費等を参酌し、耕作者の経営の安定を図ることを旨としなければならない(同法二四条の二第二項)。そして、標準小作料より著しく高額な小作料の定めがあるときは、農業委員会はその小作料の減額を勧告することができる(同法二四条の三)。右減額勧告の基準は、生産条件等を勘案のうえ標準小作料に比べて適正と認められる小作料水準よりもおおむね三〇パーセントを超えない範囲に定められている。また、災害等の不可抗力によって契約小作料の額がその年の粗収益に比して相対的に著しく高率となった場合、小作農は、賃貸人等に対し、一定限度まで小作料の減額を請求することができる(同法二四条)。
これらの規定を通覧すると、農地法は、耕作者の地位ないし経営の安定を図るため、同法の適用を受ける小作料の額につき、主として当該小作地の通常の収益を基準として定められるべきものとしていることは疑いがない。しかして、これは、農地としての課税がなされている通常の農地を前提としているとともに、農業生産以外の要素を一切斟酌しえないことを意味するものではないと解される。小作料の増減額請求に関する農地法二三条一項の規定は、農地としての課税がなされている通常の場合を想定し、当該小作地の収益を考慮しているものであるから、同条項の「その他の経済事情の変動」のなかに小作地の公租公課の変動は含まれないというものではない。
なるほど、平成三年法律第九〇号による廃止前の借地法一二条一項及び借地借家法一一条一項は、文言上、土地に対する租税その他の公課の増減を地代増減の斟酌事由と明定しているのに対し、農地法二三条一項は、条文上、小作地に対する公租公課の増減を小作料の増減についての直接の斟酌事由としていないけれども、これは、農地が農地として課税されている限り標準小作料が小作地の公租公課を超えることがなかったからにすぎないと考えられ、平成三年法律第九〇号による廃止前の借地法一二条一項及び借地借家法一一条一項と解釈を異にすべき必然性に乏しいといわなければならない。したがって、小作地が宅地並み課税される場合にも小作地の公租公課を小作料の増額についての斟酌事由とすることは一切許されず、宅地並み課税による税金は賃貸人の資産運用の一経費として負担すべきであると解するのは妥当とはいい難く、事案によっては、このような場合に「その他の経済事情の変動」として小作料の増額請求が可能であるというべきである。けだし、小作地の課税額と小作料との間の逆ざや現象の全部又は一部たりとも解消することがいかなる場合にも一切許容されないとするならば、賃貸借という有償契約でありながら、小作農が小作料名下に支払う金員が農地の使用の対価といえなくなる不当な結果が生じうるからである。そして、このように解釈したからといって、農地法の趣旨に反するものではない。
2 ところで、本件についてみると、控訴人は、本件各土地を宅地に転用し、宅地として利用することを望まず、これを農地のままで保全したいと考え、生産緑地地区の指定を受けることとし、被控訴人らも、本件各土地を従来どおり農地として利用し続けることを希望していたこと、にもかかわらず、本件各土地につき生産緑地地区の指定が受けられず、宅地並み課税の対象となったのは、生産緑地地区指定の同意書の作成提出に被控訴人らが協力しなかったためであること、被控訴人らがそのような態度にでたのは、もっぱら、生産緑地地区の指定を受けることによって本件各土地の評価額が低く押えられ、将来の地主の希望による合意解約の際に取得することが期待できる離作補償の点で不利になるという利己的な思惑からであること、しかも、被控訴人らにおいて、宅地並み課税とされたときには小作料の増額請求がありうることを認識しており、被控訴人らとしては、小作料を増額されることが嫌であれば、同意書の作成提出に協力することによってこれを回避することができる途が残されていたこと、被控訴人らの従前の小作料は平成五年度の宅地並み課税額の約五分の一ないし六分の一にすぎないこと、その他本件の事実関係のもとでは、本件各土地の小作料の額は、控訴人の各増額請求時において、農地法二三条一項にいう「その他の経済事情の変動により」不相当に低額になった場合に当たると解するのが相当である。もっとも、生産緑地地区の指定を受けた場合、被控訴人らとしても、営農を義務づけられる等の制限を受け、生産緑地地区の指定を受けるか否かについては、重大な利害関係を有しているものであるから、この点を主たる理由として、右同意書の作成提出に協力的でなかったというのであれば、無理からぬ点がないわけではないが、本件では、右指定を受けることによって、被控訴人らがその希望どおり本件各土地を従前同様に耕作できるという点で何ら不利益を受けるわけではなく、同意書作成提出を拒否した理由は前記のとおりであるから、右の点を考慮する必要はない。
なお、市街化区域内農地の転用は比較的容易であり、小作契約の合意解約もできないわけではないが、本件では、控訴人は、本件各土地の宅地転用を望まず、これを農地のまま保全したいと考えて、生産緑地地区の指定を受けようとしたもので、控訴人のこの希望は尊重されて然るべきであると思われるし、小作契約の合意解約は、被控訴人らの要求する離作補償等の条件の折り合いがつかなかったことからすると、必ずしも、容易に実現するものとは考えられない。他方、被控訴人らは、右指定につき同意したからといって、当面、本件各土地の従前同様農地としての耕作継続に何ら支障はなく、将来の控訴人の希望による小作契約の合意解約に際しての離作補償金額に対する思惑などは、右同意拒否の正当な理由とならないことはいうまでもない。
以上の諸事情のもとでは、本件各土地の小作料額について宅地並み課税による課税額と小作料との間の逆ざや現象を小作料額の増額請求によって解消することが許されないと解することは、控訴人と被控訴人ら間の小作契約関係上、控訴人に不当に不利益を強いることとなり、著しく信義、公平の原則に反し、妥当ではないというべきである。
3 そうすると、本件各土地の賃料は、控訴人の被控訴人らに対する前記各増額請求により、増額を求める年度の固定資産税等と同額に増額されたものと認めるのが相当であり、本件土地(一)の平成五年度の固定資産税等は一一万九一一九円であるから、本件土地(一)の平成五年分の賃料は、年額一一万九一一九円となり、平成六年分の賃料は、同年度の固定資産税等が一二万五〇七四円であるから、年額一二万五〇七四円となる。控訴人は、本件土地(一)の平成六年分の賃料を年額一五万円と主張するが、同年度の固定資産税等の額を上回る賃料額を相当とする事情についての立証はないから、右主張は理由がない。
次に、本件土地(二)の平成五年分の賃料は、同年度の固定資産税等と同額の年額一〇万〇二四〇円となり、平成六年分の賃料は、同年度の固定資産税等と同額である年額一二万五二四一円となる。控訴人は、本件土地(二)の平成六年分の賃料を年額一五万円と主張するが、同年度の固定資産税等の額を上回る賃料額を相当とする事情についての立証はないから、右主張は理由がない。
三 以上によれば、控訴人の請求をすべて棄却した原判決は一部相当でないから、これを本判決主文一項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条但書、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山本矩夫 裁判官 林泰民 裁判官 笹村將文)